電影惑星第8回 日本映画<後編> 2011/08/25


80年代以降の新しい波
60年代の政治的文化的な激変の後、その余韻と否定の70年代で映画、特に日本映画に対して一区切りができてしまった人は多いだろう。80年代はバブリーな狂騒の裏の、何やかやの狭間に落ち込んだ、意外に暗い時代だったのかもしれない。
変化はすでにそこでこそ起こっていたのだろうし、映画も今から振り返ると80年代以降はずいぶんちがってみえる。製作、上映システムが全面に変動を開始し、米国と同じ発想の高投資-高利益みたいなことになっていく。つくられる映画の数も減少し、それらを補うようにアニメーションが急成長する。ジブリ系の長編アニメーションは圧倒的な支持を得て収益の面でも大成功をおさめていくことになる。
中国から始まったアジア映画の新しい波は台湾の侯孝賢、蔡明亮と続いていき、そちらへの関心が日本映画から離れさせる結果になった面もあるのだろう。そういった時代だった。
次回は今までとちょっとちがう、国や地域ごとのくくりでない形の「ドキュメンタリー特集」です。この映画の形式、というより考え方をぬきに現在映画は力を発揮しえないのかもしれません。現実をそのまま記録する、という発想から離れ(実際、「現実」も「ありのまま」もありえないわけですが)、「現実」を素材に世界を再編成する、創りあげるということでしょう。
日本のドキュメンタリーを中心に展開しますが、特にそのなかでも佐藤真と原一男が中心になります。事前の上映は佐藤真の名作「阿賀に生きる」です。
                

1980年代以降に登場した主な監督たち
佐藤真「阿賀に生きる」「Self&Others」、 相米慎二「セーラー服と機関銃」「台風クラブ」、 根岸吉太郎「遠雷」「探偵物語」、 森田芳光「家族ゲーム」「それから」、 青山真治「路地へ」「ユリイカ」「ヘルプレス」、 諏訪敦彦「M/OTHER」、 井筒和幸「ゲロッパ」、「パッチギ」、 北野武「その男、凶暴につき」「あの夏いちばん静かな海」「HANA・BI」、 崔洋一「十階のモスキート」「月はどっちに出ている」「血と骨」、 周防正行「シコ踏んじゃった」「Shall We ダンス?」「それでもぼくはやってない」、 塚本晋也「鉄男」、 岩井俊一「スワロウテイル」「花とアイリス」、 河瀬直美「につつまれて」「かたつもり」「萌の朱雀」、 是枝裕和「誰も知らない」「ディスタンス」、 橋口亮輔「渚のシンドバッド」「ハッシュ」「ぐるりのこと」、 山下敦弘「ドンテン人生」「リンダ、リンダ、リンダ」、 緒方明「独立少年合唱団」、 中江裕司「ナビィの恋」「白百合クラブ東京へ行く」 、荻上直子「バーバー吉野」「かもめ食堂」、 熊切和嘉「鬼畜大宴会」「海炭市叙景」、 行定勲「GO」「世界の中心で愛を叫ぶ」、 西川美和「蛇イチゴ」「ゆれる」、 李相日「青 チング」「フラガール」 、群青いろ「ある朝スウプは」「14歳」

◇1980年代
大手の映画会社が自社と関係の深い監督や俳優を起用して制作した大作映画を、全国の自社の劇場で独占的に公開するといったスタジオシステムが終焉を迎えた時代。70年代にブームとなった「ロマンポルノ」などのピンク映画で下積みとして監督デビューし、80年代に入って一般向け映画の監督となった監督も多い。

相米慎二
1948年生まれ。中央大学在学中に学園紛争を経験し、活動家として三里塚闘争にも参加。大学中退後は、長谷川和彦の手助けで日活撮影所に入所。ロマンポルノ作品で助監督を勤め「翔んだカップル」(1980)で監督デビュー。アイドル映画を多数手がけ、特徴として長回しを多用している。2001年肺癌のため死去。

セーラー服と機関銃(1981)
赤川次郎原作の小説に、薬師丸ひろ子を主演に迎え映画化された。ある出来事をきっかけに女子校生星泉が、小さいながらも本筋のヤクザの「目高組」の組長となり、泉の父が持っていたとされる麻薬の所在をめぐって、敵対する組織と戦っていく。
女子校生が組長になるというストーリーの設定上、当時人気絶頂のアイドルだった薬師丸ひろ子が酒盛りの席で酒を飲んだりする描写や、敵対する組からクレーンに吊るされコンクリートに埋められそうになるなど、過激な撮影も行われている。長回しを多用しすぎたことにより上映時間が長くなったため、先にいくつものシーンをカットされたバージョンが公開され、後に「完全版」が公開された。
泉の同級生役で、柳沢慎吾と共に光石研も登場している。後に原田知世、長澤まさみ主演のドラマでそれぞれリメイクされている。

ションベン・ライダー(1983)
中学校のガキ大将だったデブナガから、いつもいじめられていたジョジョ、辞書、ブルースの三人。ある日、デブナガに仕返しをしようとしていた矢先、三人の目の前でデブナガが誘拐されてしまい、その行方を追う冒険物語。
コミカルなキャラクターと設定で明るい雰囲気の作品ではあるが、学校の教師は三人がデブナガからいじめられていることを相談しようとしても無視をしたり、子供たちが協力して誘拐事件が解決した後にやって来た警官に対して、「自分が解決したと思うな」というようなセリフを言うなど、中学生から見た大人への不信感が描かれている。また、当時流行していた曲を子供たちが歌うというシーンは、後の「台風クラブ」などでも見受けられる。
永瀬正敏のデビュー作品であり、原案は「太陽を盗んだ男」で脚本を担当したレナード・シュレーダー。

台風クラブ(1985)
地方の中学校を舞台に、台風がやってくることで変化していく生徒たちの様子を描いた作品。思春期特有の感情の揺れ動きを鋭く表現している。冒頭の深夜に生徒たちがプールに忍び込みふざけていたら一人が溺れて気を失ってしまうシーンに始まり、授業中の教室に教師の交際相手の親が押し入る、女生徒達の同性愛描写、男子生徒が女子生徒への暴行未遂、そして台風襲来時の下着姿でのダンスシーンなどきわどい描写も多い作品。
前年に「逆噴射家族」でデビューした工藤夕貴の出演が話題になった。

森田芳光
1950年生まれ。日大芸術学部在学中、特に映画が好きではなかったが日大闘争の影響でサークルがなくなっていたため、自身で映画を取り始めた。一方で全共闘運動に参加していた。1981年「の・ようなもの」で監督デビュー。

家族ゲーム(1983)
高校受験を控えているのに一向に成績が上がらず、授業中の問題行動も多い沼田は、両親が依頼した家庭教師の吉本に勉強を教わることになった。吉本の指導方法に最初は反発するが、次第に成績が上がり始める。
当時の受験に対する教育の状況や、沼田一家の食事シーンはテーブルに対して椅子が一列に並んだ状態で食事をするなど、家族のコミュニュケーションの軽薄さが描かれている。時折登場する沼田の住む海辺の工業地域の風景ショットが印象的。
小説が原作で、映画化される前後にテレビドラマ化されている。

それから(1985)
夏目漱石の小説を原作とした作品。実業家の一家に産まれた長井代助は、30歳になっても働かず、嫁ももらわず自由奔放に暮らしていた。ある日、学生時代の友人が金の工面を依頼しに代助のもとを訪れるが、その友人の妻は、かつて自ぶんが愛した女だった。
時折登場する路面電車での幻想的な描写が特徴的な作品。主演には「家族ゲーム」と同じく松田優作を起用。

井筒和幸
1952年生まれ。1970年代からピンク映画の監督を勤め、1981年、漫才師の紳助・竜介を主演とした「ガキ帝国」で一般映画の監督に転向。その後も1996年の「岸和田少年愚連隊」でもお笑い芸人のナインティナインを主演に起用し、関西出身の監督としての視点で大阪を描いた。

パッチギ!(2005)
1960年代の京都を舞台に、高校生の康介と朝鮮学校に通う在日北朝鮮人のキョンジャの恋模様を描いた作品。当時のグループサウンズブームや学生運動など当時の世相を描きながら、放送禁止となっていた楽曲「イムジン河」を軸に物語は展開していく。
当時の不安定だった朝鮮半島の様子やイメージが、北朝鮮側の視点からのみ描かれているとして、韓国側からは批判的な意見も出た。京都が舞台ということで、脇役には関西出身の芸人も多く参加している。

伊丹十三
1933年生まれ。1960年代より俳優として活躍しはじめ、1984年「お葬式」で映画監督デビュー。その後も「マルサの女」などで注目を集めるも、1997年死去、当時の警察の見解によると自殺。

お葬式(1984)
芸能人夫婦の妻の父が亡くなり葬式をあげることとなった。夫婦はマネージャーに協力してもらいつつ、式の準備を始めた。真摯な態度ながらもどこか風変わりな葬儀屋や、少しクセがある親戚たち。そして、式を前に夫の愛人も会場にやってきた。
監督自身の妻の親の葬式をあげた体験がもとになっている。冒頭の夫妻が出演するテレビCMの撮影のシーンで、スタッフ役として黒沢清が登場している。

黒沢清
1955年生まれ。立教大学在学中に蓮實重彦に影響を受け、自主映画制作サークル「パロディアス・ユニティー」を結成。後輩にあたる塩田明彦や青山真治まで、このサークルの活動は続いた。学生時代から長谷川和彦や相米慎二作品などの現場スタッフとして働き、1983年ピンク映画で商業映画デビュー。その後ピンク映画を再編集して公開された「ドレミファ娘の血は騒ぐ」で一般映画がデビュー。90年代前半はVシネマで活躍し、1997年「CURE」で注目を集めた。

CURE(1997)
被害者が殺害後、体をX字に切り裂かれるという不可解な殺人事件が多発した。刑事の高部はこれらの殺人を犯した犯人たちが、ある男と出会っていたことに気づく。その男は、旗から見ると精神を患っているように見えるが、彼は独自の方法を使って、高部に語りかけてきた。
黒沢清の出世作となった本作は、彼のスタイルの一つであるサイコスリラー的な方向性を確立した作品でもある。主演の役所広司は黒沢作品の常連となっている。

アカルイミライ(2003)
工場で働く二人の青年、雄二と守は数少ない互いに理解し合える仲間だった。ある日、守は飼っていたクラゲを雄二に預け姿を消してしまった。その後、守が事件を起こしたことを知る。そして雄二は偶然、守の父と出会い、二人での生活が始まった。
オダギリジョーと浅野忠信というダブル主演とも言える本作は、この世代を代表する二人が共演し、ただ漠然と苛立ったいる若者の様子を見事に描いている。また、そうした臨場感を出す一つの方法としてDVで撮影したシーンも含まれている。

トウキョウソナタ(2008)
東京に住む四人家族を描いた作品。父は会社をリストラされたことを言い出せず、兄はアメリカ軍に入隊を志願。弟は小学校の教師ともめて、母は強盗に襲われてしまう。
平穏な生活を送っていたように見えた一家が、一瞬のうちに混沌とした世界へとのみ込まれていく様子を描いた本作は、リストラといった現実的な問題を扱っている一方、日本人が志願して米軍に入隊できるという独自の設定も織り込まれている。

北野武
1947年生まれ。芸人として活躍し、深作欣二が監督予定だった「その男、凶暴につき」主演する予定だったが、深作欣二が監督を辞退したため、急遽主演と監督の両方をこなすこととなり、1989年映画監督デビューした。1997年「HANA-BI」でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞し話題となる。

3-4X10月(1990)
ガソリンスタンドの店員をしていた青年が、ヤクザとトラブルを起こしてしまう。問題を解決しようと、青年が所属する草野球チームにいる元ヤクザの男に相談するが。
北野武監督二作目の作品。芸人ならではの笑いを誘うシーンがある一方、後の「ソナチネ」などで見られるキタノブルーも垣間見える。

◇1990年代
80年代後半に登場したそれまでの映画制作よりもコストを抑えることができる、いわゆるVシネマでデビューを飾った監督や、テレビドラマの監督から映画監督に移行した監督も多い。また、複数のスクリーンを持ったシネマコンプレックスが登場しはじめた時代でもある。

岩井俊二
1963年生まれ。大学卒業後、映画業界でアルバイトをし、80年代後半からミュージックビデオなどを手がけた。1993年にテレビドラマ「if もしも」の一作品として放映された「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」が注目され、その映像を再編集したものが劇場公開された。1995年「Love Letter」で長編映画デビュー。

打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?(1994)
小学生の典道と祐介は同級生のナズナのことが好きだった。しかし、ナズナは両親の離婚によって、転向してしまうことになっていた。ある日、典道と祐介が水泳で競争しようとしているところに居合わせたナズナは、その勝負の勝者とある行動に出ようとしていた。
主人公が下した選択の結果で物語が展開していくという、もとのテレビドラマシリーズのコンセプトからは、外れる形で二つの結末が描かれている。子役を多く登場させる岩井俊二作品の中でも、ナズナ役の奥菜恵の演技力が光る作品。

スワロウテイル(1996)
日本円に価値があった時代、世界中から円を稼いで祖国で金持ちになるため多くの「円盗」と呼ばれる人々たちが集まり、その円盗たちが暮らす街は「円都」と呼ばれた。少女アゲハは円盗だった母の死後、同じく円盗のグリコに助けられる。そして、彼女たちはある日、謎のテープを手に入れた。
日本語・英語・中国語など様々な言語が飛び交い、 円都の街並みも各国で撮影され、リアルなアジアのスラム街のような風景を再現している。劇中に登場する「YEN TOWN BAND」は、その名義で実際にCDもリリースした。

是枝裕和
1962年生まれ。大学卒業後、テレビマンユニオン参加しドキュメンタリー番組を手掛ける。1995年「幻の光」で映画監督デビュー。

ワンダフルライフ(1999)
死後の世界、死者たちはあの世へ向かうまでの一週間で、人生で一番大切な思い出を思い出し。その再現映像を作って、その映像の胸にあの世へと旅立つ。そこで映像制作を行う人々、そして自分の思い出を語る死者たちを描いた作品。
特異な設定ながら、ドキュメンタリー出身の監督ということもあって、死者へのインタビューのシーンはリアルで、即興で収録された部分も多い。

青山真治
1964年、北九州市出身。立教大学では蓮實重彦に学び、黒沢清の助監督などを経て、1995年Vシネマの監督となり、1996年「Helpless」で一般映画デビュー。2000年「EUREKA」でカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞などを受賞。上記2作と「サッド ヴァケイション」を含む3作で、北九州サーガと呼ばれる一連の作品を発表している。

Helpless(1996)
高校生の白石健次は、出所してきたばかりの幼馴染のヤクザの安男と会った。安男は出所したばかりにもかかわらず事件を起こし、障害を持つ妹のユリを健次に預け、峠のドライブインで待ち合わせることになった。そこへ、健次の同級生の秋彦が現れた。
青山真治の出身地である北九州・門司を舞台に、浅野忠信の初主演作品でもある本作は、のちの北九州サーガ2作でもカメラを担当した田村正毅による撮影である。

EUREKA(2000)
福岡の田舎町で起きたバスジャック事件をきっかけに知り合った、バス運転手の沢井真と田村直樹・田村梢の兄妹。沢井は事件後家族と距離が生まれ、直樹と梢の親は二人を残して去ってしまった。沢井も兄妹と共に生活するようになり、その後、いとこの秋彦が兄妹の面倒を見るためやって来た。そして、沢井はマイクロバスを手に入れ、皆で旅に出ようと誘った。
ヴィム・ヴェンダースのロードムービー三部作のなかの「さすらい」に大きく影響を受けた作品。関連する前作で安男役を演じていた光石研は、沢井の友人シゲオ役で再登場している。主題歌はジム・オルークの「Eureka」。

サッド ヴァケイション(2007)
様々な職を転々としていた白石健次は、北九州で運転代行の仕事をしていた。ある日、客を送っていた運送会社で、子供の頃に出ていった母親を見かけた。そして、その運送会社では田村梢も住み込みで働いていた。
様々な事情を抱えた人が集まる運送会社を舞台に、北九州サーガ前2作の登場人物達が複雑に絡み合うストーリー。主題歌はジョニー・サンダースの「SAD VACATION」。

塩田明彦
1961年生まれ。立教大学卒業後、黒沢清の作品に助監督として参加するなどし、脚本家となる。1999年に「月光の囁き」と「どこまでもいこう」が同時公開され監督デビュー。

害虫(2002)
中学生の北サチ子を中心に、自殺未遂をした母、不良少年やホームレスとの出会い、中学の同級生、そしてかつて思いを寄せていた元小学校教師など、彼女を取り巻く人々を描いた作品。
母の恋人からの暴行や自宅への放火など過激なシーンも多く登場する本作には、現在を代表する女優の宮崎あおいと蒼井優が共演している。音楽はNUMBER GIRLの楽曲が使用され、この映画からインスピレーションを受けたCDも発売された。

山下敦弘
1976年生まれ。大学の卒業制作で撮った「どんてん生活」をビデオで配布していたところ、批評家の目に止まり映画祭に出品される。初期は独特なオフビートの作風で制作された作品が多い監督。

ばかのハコ船(2002)
謎の健康飲料販売を行う若い男女。男は販売に活路を見出すため、自分の故郷へと帰り、親や幼馴染たちに健康飲料の販売へ協力を求めるが。
本作と1999年の「どんてん生活」と2003年の「リアリズムの宿」の三は、ダメ男三部作と呼ばれている。

◇2000年代
長らく低迷してきた日本映画が、国内市場において一定の復活を果たした時代。テレビ局による映画の制作や出資が活発になり、テレビドラマや漫画を映画化した作品が増加した。こうした復活の背景には、映画制作にかかる費用を分散して複数から募り、資金面などでのリスクを低減させる製作委員会方式が定着したことがある。また、地方のフィルムコミッションなどが積極的にロケの誘致を行うことで、地方を舞台とした作品も増加した。

タナダユキ
1975年生まれ、北九州市出身。イメージフォーラム映像研究所に入学し、2000年「モル」でぴあフィルムフェスティバルアワードでグランプリを受賞し注目を集める。

赤い文化住宅の初子(2007)
両親がいない環境の中で兄と二人アルバイトをしながら中学に通う初子。苦しい経済状況にある初子だったが、次第に同級生の少年に思いを寄せるようになる。
「赤毛のアン」と自分の重ねながら、家を出ていった父親、優しいふりをして近づいてくる大人たちに振り回されそうになりながらも、生きていく初子を一定のリアリティーを保ちながら描いてる作品。

佐々部清
1958年、下関市出身。1980年代よりテレビドラマや映画の助監督を勤め、2002年「陽はまた昇る」で監督デビュー。2003年の「チルソクの夏」 2004年の 「四日間の奇蹟」2005年の「カーテンコール」は、監督自身の出身地である下関でロケをした下関三部作と呼ばれている。

カーテンコール
下関にある古い映画館にかつて在籍していた、映画と映画の合間に芸を披露する幕間芸人について、取材をしている雑誌記者の香織。取材を進めていくうちにその芸人は、ある在日韓国人の男性だということが明らかになる。
釜山の高校生と下関の高校生とのふれあいについて描いた「チルソクの夏」 に引き続き、コリアンタウンのある街、下関ならではともいえるストーリー。ロケは隣接する北九州市でも行われた。

 

映画評など

疾走するリリシズム(森田芳光)
新人を対象にした公募による映画祭、ぴあフィルムフェスティバルが北九州、大分、福岡でも開催され、入賞作品だけでなく、特別企画で衣笠貞之助監督の「狂った一頁」やこの8ミリ映画「水蒸気急行」も上映された(上映はDVDによる)。
電車を撮るだけで映画になってしまう驚き。ただただ電車とそこから見える風景が写し撮られ、編集され、ラジオから録られたニュースや音楽だけが重ねられているだけなのに、疾走する快感や喜びから、緊張や不安、そうして感傷やリリシズムさえ生まれてくる。時代的な背景をいっさい振り捨て、社会性や政治性をみじんも取り込まないよう、軽やかでポップに、一瞬も止まらずに走り続けるのに、すごく時代的で、世代的なものが透けてみえてくる(もちろんそういう見方そのものが「世代的」なのだけれど)。
撮ったのは当時26歳の森田芳光。まだ「家族ゲーム」も監督していない。全くの無名で、学校を終えたのに仕事もなく、ただ撮りたいという抑えがたい思いだけ。
撮られたのは70年代半ば。エネルギーが噴出した60年代がもう遙か遠いことに思われ、連合赤軍の衝撃が、残っていた政治的過激さの残滓を一掃するだけでなく、どこかにあったあっけらかんとした元気さも消し去ってしまった、奇妙な空白の時。焦燥感がつのってじっとしていられないのに、何をするか、どこへ行くかは全く見えてこない。
無色にしようとしても、国電や地下鉄、その駅舎にはまだしっかりと近い過去の記憶が焼きついている。羽田、新宿騒乱、東大-お茶の水、日比谷。大きなデモンストレーションの度に電車はストップし、駅舎は閉鎖され、そこに群衆が雪崩れ込み、機動隊が追撃する。もちろん、小津安二郎をだすまでもなく、映画のなかには電車や駅舎、そして行き交う人々の記憶が積み重なり、溢れている。
そうやってその時点で8ミリフィルムに定着された風景が、記憶に直に働きかけて思いがけないものを蘇生させるかのようにいろんなものが立ち上がってくる。受けとる側はその年齢や生活の場のちがいから様々に解釈しつつも、色褪せないもの、核にある混沌や情熱とでもいったものの全部を、生真面目さからいい加減さまで、凛々しさ粗暴さ繊細さ初々しさ弱さ甘さをも、まるごと受けとることになる。

 

『カナリア』
アイデンティティという制度の向こうへ 
映画は、母親に連れられて妹と共にある宗教集団に入った少年が、集団が起こした異様な事件の後、保護されていた施設から逃げだし、妹に会いに行こうとするところから始まる。
母親の権威的な父(少年の祖父)や途中で出会って道連れになる少女の家族のことが頻繁に語られるように、現代の家族の問題とも重ねて描かれている。こういう時代のなかで、家族も壊れてしまったとき、どうやって他者と関わりつつ生きのびていけるのかという問いでもあるのだろう。
宗教集団の拡大された家族としての面、同性の間での愛、援助交際などにもふれつつ、新しいつながりのあり方が探られるが、現在ある関係の形に引きずられ、その延長として発想されてしまい、焼き直された、擬似的な家族や愛になってしまう。
映画のなかに、出自としての家族を捨てて入った宗教集団からも抜け、元信者たちと新たにつくった疑似家族集団のなかで働いているという設定の青年が出てくる。彼の「自分が自分であることから逃げるな」という、自己のアイデンティティを最後の拠り所にし、そこから再度出発しようとすることば。それは誠実ではあっても、どこまでも自己-社会という創られた二項対立のなかを激しく揺れ動くだけで、けしてその向こうへと抜け出ていく自由さを生みだせない。少なくはない人のなかにどうしようもなく育ってしまった、周りを憎悪するほどまでの違和は、現在ある「個」という考え方、その上に積み上げられた家族という関係からも生まれてきているはずだ。そもそも「宗教」というものはそういう個といった発想を超えた(発想以前のといっても同じだろうけれど)あり方や場を探るものだし、そこに、無意識にであれ人は惹きつけられるのだろうから。
わたくしたちが持つ個という考え方と、それを基に組み立てられている様々な関係は、もう成り立たなくなっているのだろう(耐用年数が切れたという言い方をする人もいる)。他の多くの絶対的で強固にみえる制度と同じように、アイデンティティもひとつの制度でしかないのだと考える地点から改めてみつめなおしていけば、世界は次第にちがった様相をみせ始める。

 

「第26回ぴあフィルムフェスティバル」
『さよなら さようなら』『ある朝スウプは』
他者への回路
今年も福岡市総合図書館ホールで「第26回ぴあフィルムフェスティバル」が開催され、アニメーションも含めた多彩な作品が上映された。デジタル機器の浸透による、編集や上映方法の変化にも伴い、制作スタイルも変わりつつある。女性4人による共同監督といった形や、『ある朝スウプは』(高橋泉監督・脚本・出演、廣末哲万出演)と『さよなら さようなら』(廣末哲万監督・出演、高橋泉脚本・出演)のようなユニットを組んでの制作などもある。そういう新しい形態自体も表現の一部であり、そのインパクトもあったのだろうか、この二つがグランプリ、準グランプリを受賞し、バンクーバー国際映画祭での受賞も果たしている。
『さよなら・・』は「自殺志願者」や彼らを取りまく者たちのサイト上でのやりとりや行為が、ハードコアポルノの文体に添ったように劇化されて展開される。自死そのものより、それに繋がるコミュニケーションの不毛に目は向けられ、過剰な暴力や性が、吐瀉物や精液、血といったものとして噴きだすように描かれ、そこにネット上の無機的なキーボード文字が重ねられる。彼らは閉じてしまうことで追いつめられ、自虐と自愛の(それは極端な加虐と自棄に通じるのだけれど)異様な捻れに呑みこまれていくかのようにみえる。
社会性の最小単位とも言われる愛に基づいた一対の関係を築けば、社会に居場所が確保でき息がつけるのかといえば、そうではないだろう。『ある朝・・』では、男のパニック障害での引きこもり、宗教的団体への加入によってふたりの生活が崩壊していく過程がゆっくりと描かれる。
どちらの映画も他者への回路が見失われるということでは同じだろうが、前者の暴力や性による関わりのなかで一瞬であれ他者と何らかの形で繋がりが生まれるようにみえることと、後者の静かに継続していたはずの関係の虚ろさが徹底して剥き出しになっていくこととは何を語るのだろうか。女の「私たちは結局は他人だったの」という無惨なまでに通俗的なことばでしか表現することができない空虚に替わるものが、男が選んだ宗教団体の疑似家族のなかに見つかることはないだろう。しかしそこに一時的にであれ安らぎを求めてしまう男の行為がこのふたつの映画のなかで最も説得力を持つように思えてしまうなかに、現在のわたしたちの、そしてそれを描くことの難しさがあるのだろう。

 

「ヴァイブレータ」/「赤目四十八瀧心中未遂」
既視感、未視感の間で
福岡市天神の同じ映画館で、主演女優が同じ寺島しのぶで、主演男優も両方に出ている映画をたてつづけにみ、しかも両方とも話題になった小説を原作にしていたこともあり、不思議な既視感や未視感に包まれた。「ヴァイブレータ」(廣木隆一監督、赤坂真理原作)と「赤目四十八瀧心中未遂」(荒戸源次郎監督、車谷長吉原作)。
数年前に読んだ小説世界が創りだし、自分のなかに映像化し記憶として蓄えていたものとまるで同じ路地が出てくることに驚かされ、そうしてその見知った場所が、ひとつ角を曲がると見も知らぬ世界にずれ込んでしまう、すでに映像として目の当たりに見せられているにもかかわらず、まだ一度も見ていないものに思えてしまう、とでもいうような。
小説がことばで表現しようと試みたもの(それはもちろんことばとしても明確にそれと名指せないからこそことばを積み重ねるのだけれど)、それを映像として表現しようとする映画、そのふたつの重なりと落差。すでにことばとして、概念としても成立しきっているものを、改めて視覚的な形に焼き直す、解説するといったことでなく、映像としてしか現せないものとして、新しく開いてみせる試み。
どちらの映画も原作が紡ぎ出す物語を変奏しながら追っていく。「ヴァイブレータ」ではことばが文字としてもスクリーンの上に映しだされる。ちがう様式の表現、その間のたどり着けない距離を、ことばを直截に共有することで一息に埋めていこうとし、そのことでそれぞれの固有の力を立ち上がらせようとする。心象風景を超えて世界そのものの変容を出現させようとする映像や無化される時間軸の出現の予感が生まれ、でも映画はまるでそれ自体の生理に従うように上映時間のなかに巻き取られてしまい、結語を持つ表現として円環のなかに閉じられる。明るくなる映画館のなかに残されるわたしたちは、既視感も未視感もないこの<現実>に再び滑り落ち取り込まれていく。そこからまた始まる。
天神シネテリエで「ヴァイブレータ」、「赤目四十八瀧心中未遂」。

 

文さんの映画を観た日 2
自分のことを省みて「若さはバカさだ」などと傲慢に嘯いていたけれど、もちろんそんなことはなく、若さは、というより人は、あれこれありながらどこまでも勁くそして穏やかに輝いている。映画を観た日はそういうことをつい生真面目に思ってしまう。
福岡市赤坂にREEL OUT(リールアウト)という定員30名の自主上映の場があり、商業施設では観ることのできない映像などの企画上映を行っていて、清水宏やブラッケージなどの特集も行われた。昨年の12月には、佐賀在住の映像グループ「東風」の中国正一監督が北部九州を舞台に撮った『815』の上映があり、監督の挨拶も聞けた。バンクーバー映画祭・ドラゴン&タイガー賞審査員特別賞受賞、ロンドン映画祭や東京フィルメックスにも出品された作品で、スクリーンから飛び散ってくる汗や唾を思わず手で払いのけようとするほどのエネルギーの噴出。馴染みのあることばや抑揚、風景にも溢れている。タイトルからも察っせられるように歴史(時代)の避けがたい荒波と悲劇、でも膂力で乗り切っていく人々とが、神話に寄せて過剰なことばや身ぶりで語られていた。
1月には、中心を担っている一人である明石  氏の企画になる浜松の映像集団「ヴァリエテ」の特集、浜松から袴田浩之氏など映像作家たちも駆けつけた。実験映画とか自主制作とかいった社会的区分けから抜けて観ていくと、当然のように世界や生の多様さが開けてくる。反抗し暴発し黙し歌い引きこもり、そうやって誰もが家族を含めた共同体との距離を測り、様々の形で自他を慈しんできたのだろう、それぞれの時代のなかで。それもまた切実でリアルなひとつの今である。
映画をつくる人も、それを上映する人も、そうして観る人も、それぞれがその現場で表現者なのだ。映像であれことばであれ、制作することだけが特権的に表現なのではない(だからある種のスケープゴートとして矢面に立たされる<責任>もない)。また受け取るものが自身を特権化すると、表現者であることを放棄し、受動的なものに自分を貶めてしまい、受ける楽しみだけを強要し、消費するだけになってしまうのだろう。表現とは、今まで続いてきたこれからも続く人の営為のつながりのリレーみたいなものだろうし、どこか一部が特権化されるとき、表現の奥行きはみごとに喪われ平板で硬直した虚弱なものへと変質するしかない。

 

『誰もしらない』是枝裕和監督
存るのにみえない  
光り溢れる柔らかい空気をとおしてきりとられる街、子どもたち。距離がとられ穏やかに描かれているので、子どもたちの気持のぶれや深さも静かに伝わってくる。
過去に実際に起こり、今もどこかで起こっているだろうできごと。母親に遺棄された、たぶん戸籍もないだろう4人の子どもたちの、かろうじて続けられる生活。比較する軸がないから、彼らのなかでは貧しさや不自由さ、不潔さすら相対化される。電気も水道も止められての、公園での水浴びや洗濯は楽しげにさえ見える。子どもの脆さと勁さが重なりあう。
家族が夫婦を基盤とした次世代育成のための共同体でもある、という考えやあり方からは嫌でもずれてしまう現在、どういう生活の形が可能なのかにも思いがいく。扶養してくれる親がなく、社会的な存在証明の戸籍や近隣の認知もなく、次世代としての役割分担を学ぶ(強いられる)学校や教育にも関わらす、でもほんとにいっしょにいたい人たちと離れずに生きていく方法を子どもの場から必死に探す物語でもある。
公としての「社会性」からは抹殺され(それは一面では自由ということ)、ある閉じられた関係のなかでだけ生存できるあり方、例えば、無国籍、無戸籍を選択したとしたら、わたしたちはそういう世界に放りだされるのだろうか。その時、「存る」とか「生きている」といった生の意味はどうみえてくるのだろう。
「学校に行きたい」が象徴的なことばとして何度か繰り返される。学校があがくほどにも求められるもの、ここより他の憧れの場所として語られる。そうしてその学校が苦痛でしかない、抗うことすらも諦めた少女とのせつなくアイロニカルな出会いもある。
侵入してくる外部、自壊し始める内部、そういうきわどさのなかを、彼らは、映画は、結論を急がずゆっくりと歩いていく。たどり着ける先はあるのだろうか。(福岡市、「シネ・リーブル博多駅」などで上映中)

 

映画美学校in福岡
飯岡幸子『ヒノサト』他
映画美学校出身者のドキュメンタリー作品の特集が、REEL OUT(リールアウト)で行われた。宗像市出身の飯岡幸子を含む六作品で、参考上映という形で是枝裕和監督の『彼のいない八月が』も上映。
最近の若い作家のドキュメンタリーの多くと同じように、ここでも家族などの身近なものが対象に選ばれている。カメラを向けやすいというだけでなく、自分にとってリアルでありきちんと感じ取れる場でもあるからだろう。そうしてそこから入っていって、今という時代を掴みたい、世界を理解したいという切実な思いに貫かれている。
『ヒノサト』は、画家であり教師であった祖父の作品が残されている場所を巡りながら、彼の暮らした町、見ていただろう山や田園を撮しとっていく。差し挟まれる日記の断片がその人と時代も浮き上がらせる。静止した絵画的な構図のなかにおさまる風景、でもそこを今を生きる人が横切っていき、光は差し込んでくる。親密さに満ち、緑の樹々なかを吹き抜ける風が皮膚に感じられるほどなのは、祖父の残したタブローのなかにいた少女もまたその風と光を抜けて今に至っていることが重なっているからだろう。
長谷川多実『ふつうの家』は解放運動に邁進してきた両親、特に父親との、カメラをとおしてのシビアで愛情溢れる対話になっている。あまりにも違う時代や環境を生きてきた親子は、時には涙でことばにつまりながら、とまどい打ちひしがれながらも父と娘として会話を続ける。フツーなんてどこにもないこともみえてくる。
「新しい教科書を作る会」会員の父親とのやりとりをコミカルに辛辣に描いた清水浩之の『GO!GO!fanta-G』も家族の窓を通して広がっていこうとする。
積極的な自主上映活動を続けてきたREEL OUTは、残念ながら六月十二、十三日の杉本信昭特集が最後の上映となる。

 


「セーラー服と機関銃」が大ヒットした相米慎二



薬師丸ひろ子が主役を務めた「セーラー服と機関銃」(1981)




当時の家族の状況をコミカルに描いた森田芳光の「家族ゲーム」(1983)



90年代に入ってホラー的な作風が注目を集めた黒沢清の「CURE」(1997)




映画監督にも挑戦した北野武の「3-4X10月」(1990)



テレビドラマをきっかけに注目を集めた岩井俊二



テレビドラマとして放送され、後に劇場公開もされた「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」(1994)





監督自身の出身地を舞台とした北九州サーガの第一作、青山真治の「Helpless」(1996)




地方の映画館を舞台とした佐々部清の「カーテンコール」(2005)